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「もっと日本の食卓を豊かにしたい」その想いだけで自分の会社を譲って、クックパッドマートで開拓営業に挑戦する理由(前編)

こんにちは。クックパッド 買物事業部 エリアマネジメントグループ 営業を担当している花田 寛明(はなだ ひろあき)です。

前編・後編記事を通して、「『もっと日本の食卓を豊かにしたい』その想いだけで自分の会社を譲って、クックパッドマートで開拓営業に挑戦する理由」をお話できればと思います。

「食」にかかわるきっかけは幼少期にあった

まずは、生い立ちからお話ししたいと思います。僕は、宮城県石巻市で両親と祖父母、4歳上の姉と、3歳上の姉、僕の7人家族で育ちました。父はとても厳格な人で、我が家の食事は、祖父と父親が食べたいものが食卓に並び、彼らがお皿にとったあとに子どもたち、そして祖母と母が食べるという家庭でした。

父はとても食にこだわりがある人で、母が料理について悩んだり試行錯誤しているのを見ていたので、小学校3年生くらいから母が料理をするときにネギを切ったり、豆腐を切ったりする手伝いをはじめました。この経験が、食に関わる仕事をする原点になっているのかもしれません。

起業とインターンシップをこなした大学生時代

子どもの頃から父に、「働くということは自分で仕事を成すことだ。」と言われ続けていたので、経済や経営を学ぼうと、埼玉大学経済学部経営学科に入学し、専攻は経営管理論を学びました。

大学生時代は、卒業のために必要な単位は大学1,2年生でほぼ取ってしまい、先輩と一緒に事業を起こしたり、製造業でのインターンをしたりしていました。また、当時森ビルが開催していた「アーク都市塾」というビジネススクールに学生の奨学生枠を見つけて応募して採用してもらうことができたので、社会人と一緒に勉強をさせてもらっていました。

当時珍しかった、大学生でも社会人と同じ仕事ができるインターンで「製造の現場」について学んだ経験や「アーク都市塾」で学んだことは、その後の僕の仕事に大きく役立っています。

さらに並行して、友人と人材教育と就活支援のサービスや、大学の寮で“その部屋に住む学生が代々受け継ぐ”という結婚式場のアルバイトをしていました(笑)。結婚式場の配膳のアルバイトでは月30万ほど稼いでいました。もう一つ、火葬場の掃除のアルバイトもしていたんですが、それもやりたい人が少ないという理由ですごく給料が良かったんです。

だから、学生時代は割とお金に困ることもなく、その資金を担保に株の投資をしたら株が当たり、そのお金を会社設立の資金にして、株式会社イデアというリサイクルの会社を中学からの友人と一緒に、大学3年生の終わりに作ったんです。

大学在学中に起業した会社で仲間の裏切り

イデアは、リモネン溶液という技術を使った発泡スチロールのリサイクル事業の会社です。発泡スチロールを回収し、溶かしたあとでペレット状に再加工して、真っ白な発泡スチロールを作って納品するんです。

東北で最も発泡スチロールを排出するのは生協と市場なのですが、大学4年生のときにこの2社と契約を結ぶことができました。

当時のリサイクル業界は、すごく労働環境が劣悪だったんです。熱原料という形で熱した棒で発泡スチロールを押し付けて小さくし、それを運んで燃やすというリサイクルがメインで、夏場は50℃近いサウナのような状態でさらに有毒ガスが出ているような環境で働くことなるんです。そんな環境で働く人を減らしたいという思いも強かったです。

この事業はさらに大きくなっていくと感じたので、事業を続けていくために人事と採用を学びたくて、会社を続けながら株式会社リクルートHRマーケティングに入社しました。働く目的がはっきりしていたので、会社には1年で辞めるつもりだということを伝えていたのですが、イデアで財務を任せていた人間が、約2,200万の使い込みをして事業を閉じざるを得なくなりました。
信じていた人に裏切られるという経験をしたので、人間不信になり、一時期人を寄せ付けない時期がありました。

日々、自戒の念を込めて考えるのは、人は突然大金が入ってくるようになるとおかしくなってしまうんだなということ。
当時は自分が担当をしている仕事だけをして、他の人間の仕事を見ている余裕がなく、お金まわりのことを任せきってしまっていたという自分の責任は大きいんだろうなという思いもあります。

そんな経験をしましたが、今でも財務を担当していた彼には感謝をしているんです。機会があればぜひお会いしたいなと思っています。一時は寝食を共にして、すごくいろいろなことを教えていただいたし、若かりし頃自分のビジネスセンスを磨いてくれたのは彼だと思っているので。

人間不信から復活したリクルート時代

そんなことがあったので、リクルート時代の前半は、「働くことはできるから、仕事の成果だけは出して、人との関わりは極力持たないようにしよう」と思いながら働いていました。

求人誌の営業を担当して、仕事だけを黙々とこなしていたのですが、すごくよくしてくれる会社だったので、2年、3年といるうちに、だんだん人が好きになってきて、会社を卒業するタイミングでは、お世話になった人たちにすごく感謝をしたし、チームマネージメントというところをすごく学ばせてもらったと思います。

自分のことをすごく楽観主義者だと思っているんです。「どんなに仕事で失敗しても殺されるわけじゃないから気張らずに仕事をしていこう」という感覚が強い。これはきっと、浪人をしたときや学生時代に経験した仕事で身についたんだろうなと思います。

自分は仕事ができない! と感じたコンサルタント時代

僕が大学生だった頃に、“コンサルタント“という仕事が脚光を浴び始めました。もともと、哲学や心理学が好きで、いろいろな本を読んでいたので、“考えることを仕事にする”という働き方があるんだということが頭の片隅に残っていて、20代後半のキャリアチェンジのタイミングで、コンサルタント業界に転職しました。

入社したエム・アイ・パートナーズ株式会社では、入社してすぐに、「自分は仕事ができない」ということを感じました。それから3年間、努力はしていたのですが本当に何もわからない状態で過ごしました。上司が言ってることが全く理解できないんです。上司からは常に、「花田、お前が言ってることは全く意味が分からないよ」と怒られ続けました。

仕事ができない、わからないということが悔しかったです。マネージャーを巻き込んで、徹夜で資料を作ったり、本を読んだり、先輩たちに迷惑をかけながらも教えを請うたりしながらがむしゃらに突っ走りました。大きなプロジェクトを一つ終えたタイミングで、やっとわからなかったことが整理できて、シニアマネージャークラスの仕事がこなせるようになったのは4年目になってからです。

生まれ育った街を襲った、東日本大震災

そんな中で、2011年3月11日に東日本大震災が起こりました。僕が生まれ育った石巻市も大きな被災を受けました。震災当日は、姉とSkypeで「どうなっているんだろうね」という話をしながら歩いて家に帰りました。地元に起きたことをしっかりと映像で見たのは翌日の12日です。

まず僕は、仕事の合間を使って避難所にいる避難者リストが写真でアップされるものをひたすらGoogle上のエクセルに打ち込んで避難者リストを作りました。それを同じように避難者を探している方たちが使えるように公開しました。実家と連絡が取れたのは震災が起きてから2週間後でした。

震災から1ヶ月後、持病があり入院していた母が亡くなったという連絡を受け、急遽実家に帰ることになりました。知り合いの自転車整備工からガソリン携行缶をかき集め、近くにいる地元のメンバーに声をかけて一緒に地元に戻りました。

リサイクルの仕事がうまくいかなくなった後、地元に寄り付かなくなっていたのですが、地元に帰ってみて、自分が成せることで地元に貢献ができることをやるべきタイミングだなと感じました。人道的支援ではなく経済的支援にレバレッジをかけてやっていくべきだろうと思い、まずは、東京都大森に「石巻復興プロジェクト」というアンテナショップを運営するボランティア団体を以前会社を立ち上げた時と同じ友人と一緒に立ち上げました。

(石巻マルシェを運営していたメンバーとの記念写真)

地元を経済的に立て直すために興した「殻付き牡蠣」の市場

震災後、土木関係の立ち上がりは早かったのですが、食品関係は風評被害もありなかなか復興に向けて立ち上がれなかったんです。多くの事業者が撤退していくのを見ていて、自分が食品の中でできることはないかと考えはじめたことで食の業界へ入ることになりました。

1年中安定して供給できるようにするために、養殖で捕れる食材を仕事にしようと思い、ホタテ、牡蠣、鮭の中からマーケットの中で割りと広がっていなくて、単価も高く、認知度も低い商材ということで牡蠣を選びました。

(地元の牡蠣工場のぷりっぷりの殻付き牡蠣です)

震災前に流通していたのはほとんどが「剥き牡蠣」だったのですが、震災により「剥き場」がなくなってしまったんです。これをきっかけに、「殻付きの牡蠣」を日本に流通させようと思いました。殻付きの牡蠣は売る先がないと言われていたんですが、営業をかけてみたら初月から300万ほど売り上げを上げることができたので、株式会社フレスコの中に水産事業部を立ち上げました(今では人気の牡蠣小屋やオイスタバーも実は、この頃に店舗ができ始めたんですよ!)

僕たちが、売れないと言われていた殻付きの牡蠣を売る先を見つけ、そこから日本の殻牡蠣の歴史は始まったんです。

牡蠣を取り扱う中でノロウイルスの検査も徹底しています。現状、卸した牡蠣からノロウイルスが出たら、罰せられるのは飲食店なんです。僕たちは、自分たちが出荷した商品で苦しむ消費者や飲食店がいてはいけないという思いがあるので、日本の中では最高基準の3段階の検査基準をして出荷をしています。この検査基準で検査を行っているのは日本に3社しかないんです。さらに、もし食中毒が出てしまった場合は、飲食店の保健所対応も含めて指導するのですが、ここまでやっているのは日本で魚壱だけだと思います。

(築地の現場でひととき)

もともと食の世界とは関係ない業界にいたメンバーを集めて牡蠣を扱うことになったので、わからないことはわからないと言って教えてもらいながら、必死に仕事をしたことが成功の秘訣だと思っています。

食の業界は参入障壁が低い分、科学的な根拠や、正しいビジネスの知識を持たないまま事業をスタートしてしまう方も多いんです。そういったなかで僕たちは、自分が携わる分野において必要な知識を、調べたり、文献を読んだりして身に着け、さらに知識を持っている人から聞いてきました。そういうことを愚直にやってきた結果が成功につながったのだと思っていますし、今では牡蠣の漁師に牡蠣の生育方法を教えることもあります。

牡蠣のことを必死に勉強して、やるべきことをやってきただけなのですが、逆にそういうことをちゃんとやる人が少ないとも感じています。

これは飲食のマーケットでも同じです。例えば、流通に食材と一緒に「生産者の想いや、食材の知識」をのせられたら、美味しさも倍増すると思うのですが、飲食店の人たちが漁師の想いや食材のことを、100%お客さんに伝えるというのは簡単なことではないですよね。でも僕は、本当はそういう生産者の想いを消費者に伝えていきたい。

そこで料理好きな僕が、レシピを考え、板場を担当し、料理を作って提供することで、飲食店という場を通して「生産者と消費者の距離を近づけること」が成功するかを検証しようという店を構えました。2年前までは、板場に立ってカウンター越しに魚をさばいてお客さんに提供していたんですよ!

(立ち上げた飲食店の板場にて)

立ち上げたいと思っていたサービスを、すでにスタートさせていたクックパッドマートへ

飲食で自分の伝えたいことを伝えようと思って飲食店を開きましたが、自分の目の前に座ってくれるお客さんにしか伝えられない限界を感じました。それから、「僕がこれまで出会ってきたおいしい食材がこんなにもあるのに、それがなぜ食卓に並んでないんだろう」という課題意識を持っていたので、食材の流通をもっと良くする事業がやりたいと思ったんです。(例えるなら、食材版の「花キューピット」のような)

そんなときに、クックパッドマートのプレスリリースを見つけ、まさに自分が起こしたいと思っていた事業を立ち上げるということを知りました。この事業をリードさせてくれるんであれば、ぜひこの会社で働きたいと思ったのがクックパッドマートとの出会いです。

自分で事業を起こすために資金を貯めるための会社に転職するか、クックパッドマートに転職するか、実はギリギリまで迷いがありました。

その決断をしなくてはいけないという前日夕方17時に、クックパッドマートの事業責任者 福崎康平に電話をして、「悩んでるんで、酒飲みに行きませんか?実はもう、そっちに向かっているんですけど(笑)」と飲みに誘ったんです。福崎はすぐに、「いいですよ」と答えてくれた。それが全てだったと思います。

飲みながら話をして、「この人と一緒にこの事業がやれるんだったら、きっと後悔しないだろうな」と思ったので入社を決めました。

(飲食店一店舗目の立ち上げスタッフとの一枚)

後編では、入社してから取り組んだ仕事や、僕がクックパッドマートに期待している未来について書かせていただきます。

後編はこちら!

「もっと日本の食卓を豊かにしたい」その想いだけで自分の会社を譲って、クックパッドマートで開拓営業に挑戦する理由(後編)|クックパッドマート|note
こんにちは、クックパッド 買物事業部 エリアマネジメントグループ 営業を担当している花田 寛明(はなだ ひろあき)です。 記事の後編では、 「もっと日本の食卓を豊かにしたい」という想いだけで、自分の会社を譲ってクックパッドマートで開拓営業をすることにした僕が、クックパッドマートでしかできないと信じている食の流通の今後についてや、実際に僕がマートで取り組んでいる仕事 についてお話します。 ...
https://note.com/cookpad_mart/n/nce7f7f192cd2

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